リニアモーターカーの開発者:藤江恂治さんに聞く 後編「壁にぶつかったとき、エンジニアはどうすればいいのか」

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2016年07月27日

トライアロー公式サイトリニューアル記念として、特別インタビューをお送りいたします。
お話しいただくのは、リニアモーターカーの開発者の藤江恂治(ふじえじゅんじ)さんです。

この記事は後編です。前編はこちら


藤江さん
<藤江 恂治 氏(元(財)鉄道総合技術研究所 技師長)> 1962年京都大学工学部電気工学科卒業。日本国有鉄道入社後、前身の鉄道 技術研究所、現在の(財)鉄道総合技術研究所で技師長などを歴任し、 開発当初から、リニアモーターカーの開発に携わり続けてきた。2001年 株式会社タマナレッジを創業し、代表取締役に就任している。

約22年間にわたりリニアモーターカーの研究開発に携わってきた藤江恂治さん。インタビューの後編では、当時の失敗エピソードなども交えながら、「壁にぶつかったとき、エンジニアはどうすればいいのか」といったテーマについてご意見を伺いました。

失敗すれば原因を探して解決策を考える、そのプロセスを楽しむ

――1970年代頃のリニアの研究というのは、将来、実用化されて東京-大阪間が1時間10分くらいで結ばれるというようなビジョンは持ってやっていらっしゃったんですか?

藤江さん
 いえ、個人的には正直そこまでは考えていなかったですね。実用化はまだメドが立っていなかったわけですし、さきほども言ったように本当に一つ一つやるべき課題に取り組んでいったんです。

――地道に一歩一歩。

藤江さん
 そうです。LIMからLSMに移行してから、確かに研究開発は新しいフェイズに入っていったわけですが、実際やっている方からするとまだまだ試行錯誤の連続でした。考えて、試験をやって、失敗して、原因を見つけて、です。それで原因がわかればまた一から作り直すわけですよ。

――そういう一進一退を繰り返しているときというのは、放り出したくなったりはしないものなんでしょうか。

藤江さん
 それは、私の場合はもともと原因を究明して、対策を施して解決するといったプロセスが好きなんでしょうね。私はやっぱり電気屋なんです。エレクトリカルエンジニア。室長の宇佐美さんは機械屋で、メカニカルエンジニアです。車両調査研究室は私以外大体、機械屋ばかりでした。だから責任も持たされていたし、私がやると言えばやらせてもらえるという環境もあった。問題があれば解決しなければいけないという使命感もありましたし、電気とリニアモーターのことは何でも知りたいし、知っていなければならないという気持ちもありましたね。

――苦労をしていてもそんなに苦に感じないということでしょうか。

藤江さん
 大変なことは確かですけどね。それはどんな業界のエンジニアでも同じじゃないですか。私なんか、試験機などはほんとによく壊しましたよ。壊れれば原因を追求しなければなりません。その作業は大変ですが、面白くもある。ようやく原因が特定できたら、今度は何とか対策を考えるわけです。まあ、一から作り直さなければならないということもありましたけどね。それで上に報告して「これをこう作り変えたい」と言う。上司は「わかった。だけどもうないだろうな?」と言うんですけど、作り直して試験するとまた壊れるんですよ(笑)。

“コピペ”ではなく自分の頭で考え、手を動かす

――なんだか苦労はしていても、ちょっと楽しんでいたような感じが伝わってきますね。

藤江さん
 そういう時代でもあったんですかねえ。日本中で技術開発に情熱を燃やしていたという。あとは走行実験だとね、見に来てくれる方々はちゃんと車両が走ると「すごいすごい」と言ってくださるんですけど、私たちにとってはちゃんと止まるかどうかも重要なんです。超電導リニアは走って、走行をコントロールできて、きちんと止まるか、そこまで達成できてやっと成功なんです。私たちの仕事というのはそういうものだったんですよ。

――藤江さんから見て、最近のエンジニアが置かれている環境については何か思うところはありますか?

藤江さん
 そうですね……私が見ていて思うのは、何でも成果、成果……3年後には成果が出なければと言われるようなケースが多いように思います。それをやりすぎると技術者はコピペに頼るようになる気がします。これは持論ですが、今は課題に対して解決するための方法を時間に追われてインターネットで探してきて、切り貼りすれば形になるという傾向がありますよね。これは日本だけのことじゃないから仕方ないところもあるし、便利なところもあるんでしょうけど、しかし技術者はやはり、疑問に感じたことは徹底的に自分で調べて理解して、そこから解決策を見つけるべきなんじゃないでしょうか。

――自分で考えて、判断する、ということでしょうか。

藤江さん
 ええ、とくにモノづくりや新しい技術の研究開発を行う場合には主体性を持つことが大切ではないでしょうか。自分で良し悪しを判断する。それを検証するためにいろいろな人の意見を聞くのはいいんですよ。ネットで調べるのも結構なんです。しかし自分でよく考えて、自分自身の言葉にすることを忘れてはいけないと思います。


原理・原則に立ち戻ってみること

――技術者が仕事をしているうちに壁にぶち当たってしまう、あるいは要求に対してプレッシャーを感じてしまうこともあると思うんですが、それはどう乗り越えていけばいいでしょう。

藤江さん
 技術的な問題はね、それを解決するときには睡眠時間を削って作業をしたり、考えなければならないという局面はありますよね。その壁を乗り越えたりプレッシャーを跳ね返したりするのは、これはもう大変なことだと思います。周囲の環境の問題もありますしね。私は恵まれた方ですが、それでも本当にひどい上司というのも存在することは知っています(笑)。真面目な人ほどノイローゼのようになっちゃいますよね。それをどう乗り越えればいいのかというのはとても難しい。ただ、私が言えるのは、私の場合は根本的なところでリニアの理論を信じていたということですかね。

――リニアの原理・原則のようなものでしょうか。

藤江さん
 そうです。原理・原則に立ち戻って考えると「ああ、できるじゃないか」と思うことはたくさんありますよ。最初に私がLSMで車両を浮かせろと言われたときもそうですよね。基礎というのは一番大事なんです。私の場合はリニアですが、その基礎的な理論や原理・原則がよくわかっていて、知識として持っていれば大概、道は開ける。経験もありますが、経験も原理・原則がわかっていてこそ血となり肉となるものですからね。そういうことを借りてきた情報なんかでごまかしていると、これは何かあったときに行き詰まってしまうんじゃないでしょうか。

――それが先ほどのコピペのお話につながるわけですね。

藤江さん
 もちろん、インターネットもコンピュータも便利なものですよね。それは否定しません。しかし何でもラクな方法だけに頼っていると弊害が出てくると思うんです。そういうものは上手に活用してほしい。今は上からすぐに成果を求められたり、便利なものが近くにあるからついあまり考えず、作業として仕事をやってしまったりするところがあるかもしれない。でも、肝心なところは自分の頭で考えて、手も足も使ってやるようにした方がいいんじゃないでしょうか。それが自分の財産になっていくと思いますよ。

原理・原則に立ち戻るとは、よくある言葉で言えば「初心忘るべからず」ということかもしれません。若いうちに立ち戻れるようなベースを作っておけということのようにも聞こえました。エンジニアにとってはもちろん、他の職種の人にとっても、貴重なアドバイスなのではないでしょうか。



当日の藤江さんは、にこやかに、けれども情熱的にたくさんのことをお話くださいました。
貴重なお話、どうもありがとうございました!(トライアローラボ編集チーム)